「動いた人たち、動けなかった私」

昨日の国道一号線。
上りも下りも微動だにしない大渋滞。
2月とは思えぬ暖かさの中、
車列はまったく動かなかった。
ようやく馬入橋に差しかかったとき、
路肩にシルバーのワゴンがハザードを点滅させて停まっていた。
場所も位置も、どこか不自然だ。
「これが原因か?」
息子が携帯で撮影し、拡大して確認する。
どうも違う。

確かに変な停まり方だが、
あれだけの大渋滞を引き起こすようには見えない。
さらにじわじわと前進する。
すると見えてきた。
赤い軽自動車が、
片道一車線の一方を微妙に塞ぐ形で止まっていた。
乗っていた三人は車外に出ており、
けが人もいる様子で座り込んでいる。

警察もまだ来ていない。
救急車もまだだ。
FM横浜の交通情報も事故には触れていない。
起きたばかりなのだろう。
そのとき、気づいた。

事故現場から少し離れた位置で、
手を振りながら交通整理をしている青年が二人。
上りを止め、
下りを流す。
次はその逆。
あれほど止まっていた車列が、
少しずつ動き始める。
おそらく、あのシルバーのワゴンの方々だろう。
ハザードを焚いて不自然に停まっていた理由は、
事故車両を避け、
交通整理をするためだったのだ。
誰に頼まれたわけでもない。
制服もない。
ただの一般の青年だ。
もう驚きましたよ。
そういうことを、かって出る青年がいるんだ、と。

馬入橋を渡り切り、自宅へ向かおうとしたその時、
路肩に一台の救急車が停まっていた。
茅ヶ崎消防局の車両だった。
橋を渡り切れば茅ヶ崎市。
だが事故現場は馬入川の向こう、
平塚消防局の管轄のはずだ。
横を通過する瞬間、
運転手の戸惑ったような表情が目に入った。
私は思った。
声をかけるべきか、と。
だが、後続車が流れ始めていた。
私はそのまま通り過ぎた。
別件だったのかもしれない。
私の思い違いだったかもしれない。
それでも、
動けなかった自分がいた。
事故現場で迷わず動いた青年たち。
そして、迷って動かなかった私。

昨日の国道一号線で、
本当に止まっていたのは車だけだったのか。
あの一瞬の躊躇を、
私はしばらく忘れないだろう。

kimamana-jiyujin-1957

創業49期目、横浜のIT企業ハル・エンジニアリング株式会社、代表取締役会長の平田達彦です。2025年3月末まで社長、4月より会長となりました。ブログにて色々な情報を発信させて頂きます。「自由人として愉しむ」を基本に生きています。多くの人たちと絡んでいきたいと考えていますのでどうぞよろしくお願いいたします。愉しい人と人のネットワークの構築と愉しいものづくりを目指します。

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