技術の記憶を辿る ― DICOSと二つの精機会社の歩み

ハルが50期を迎えるにあたり、
これまでご縁をいただいた企業の皆様との歩みを、
歴史の流れの中で、できる限り埋もれさせることなく
記録として残しておきたいと考えました。

今回取り上げるのは、
かつてハルと共同で開発を行った企業、
東京科学精機との取り組みです。

昭和56年4月6日の新聞記事にも掲載された通り、
当時、東京科学精機とハル・エンジニアリング株式会社は、
無人運転も可能な蒸留制御装置「DICOS」を共同で開発しました。

東京科学精機は蒸留装置そのものを得意とする企業であり、
ハルはその制御装置を担当しました。

筐体設計、ハードウェア、ソフトウェア。
当時ハルが持っていた技術力を活かし、
制御という領域において開発を担いました。

もちろん、その過程においては
東京科学精機から制御に関するノウハウを教えていただきながら、
互いの技術を持ち寄る形での開発でした。

一つの装置を完成させるために、
それぞれの得意分野を活かし合う——
まさに共同開発と呼ぶにふさわしい取り組みでした。

しかし、その後、東京科学精機は廃業となります。

時代の流れの中で、一つの企業がその役割を終える。
これは決して珍しいことではありません。

その後、当時営業を担当されていた
小林達氏が業務を引き継ぎ、
新たに東科精機株式会社を設立されました。

こうして技術と業務は形を変えて継承され、
ハルとの関係も一定期間続くこととなります。

しかしながら、やがて共同開発という形は終わりを迎え、
それぞれの道を歩むこととなりました。

ある時、ネット上で当時の記事を見つけ、
懐かしさを覚えました。

以来、この資料は今日まで大切に保管してきました。

やがてこのような歴史も、時とともに埋もれてしまうのだろうと思い、
今回、記録として残しておくことにしました。

企業の歴史は、
単なる年表ではありません。

そこには、人が関わり、技術があり、
そして確かに積み重ねられてきた時間があります。

今回の記録が、
当時の技術や関係性の一端を伝えるものとして
どこかに残ってくれれば幸いです。

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創業49期目、横浜のIT企業ハル・エンジニアリング株式会社、代表取締役会長の平田達彦です。2025年3月末まで社長、4月より会長となりました。ブログにて色々な情報を発信させて頂きます。「自由人として愉しむ」を基本に生きています。多くの人たちと絡んでいきたいと考えていますのでどうぞよろしくお願いいたします。愉しい人と人のネットワークの構築と愉しいものづくりを目指します。

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