本日は親父の命日です。
あまりにも早い、50歳という短い人生を閉じました。
私が20歳で大学進学のため神奈川にいるときに、
急に様態が悪化し入院したようです。
私が冬休みに入り、自宅へ帰宅したとき、
そこで初めて、親父が入院していたことを知ったのです。
そして、もう長くはないということを知らされました。
すぐに病院へ向かいました。
病室に入った瞬間、
言葉を交わす前に分かりました。
長くはないな、と。
そこには、
一目で分かるほど変わり果てた親父の姿がありました。
痩せ細り、顔色も変わり、
私が知っている、あの強くて怖かった親父とは
まるで別人のようでした。
病名は肝臓がんでした。
突然で、
あっけない最期でした。
人間の命って、なんなんだろうな。
人の運命って、なんなんだろうな。
自分が、わずか20歳で父親と別れることになるなんて、
そのときは想像もしていませんでした。
私が実家に帰宅してから、
親父が息を引き取るまで、
わずか三日。
あれほど強く、
家では絶対的な存在だった父の最期は、
驚くほど静かで、
拍子抜けするほど、あっけないものでした。
その後、遺品整理を進める中で、
生まれ故郷である鹿児島の親戚から、
本来であれば父親が持っていなければならなかった品々を
まとめて渡されました。
その中に、祖父の日記がありました。
何気なく開いたページに、
こんな一文が書かれていました。
「短命な家系ゆえ……」
おいおい。
おいおい。
おいおい。
思わず、何度も呟きました。
確かに、祖父も五十代で病気により亡くなっています。
父もまた、五十歳という早さで人生を終えました。
そのとき私は、
思わず自分の顔を指差して、
「俺も!?」
と、愕然としたのを覚えています。
しかし、
その愕然とした瞬間から、
気がつけば四十八年が経ちました。
私は今もこうして生きています。
平田家の運命に、抗うように。
改めて本日、
親父の命日を迎え、
自分が「死」というものを考えたとき、
これだけは、と思っていることがあります。
「飛ぶ鳥跡を濁さず」。
自分がいなくなった後、
困る人を作らないこと。
迷惑をかけないこと。
百パーセントは無理でも、
そういう思いで、
身ぎれいに生きていかなければならない。
そんな気持ちで、日々、動いています。
今日は、親父の命日です。
合掌。
