新年マグロのセリを見て感じた、ちょっとした違和感
新年になると、毎年ニュースで流れる築地(豊洲)のマグロの初競り。
威勢のいい掛け声と、景気の良い数字。
日本らしい風物詩として、長年親しまれてきました。
ただ、今年のニュースを見ていて、私は少し違和感を覚えました。
最高落札額が5億円を超え、これまでの記録を大きく更新したという話題です。
正直に言えば、
「すごい」よりも
「そこまで必要だろうか?」
という気持ちが先に立ちました。
マグロの競りは、もともとプロ同士の真剣勝負です。
尾の切り口を見て、脂の入りや身質を読み取る。
そこには長年の経験と、プライドをかけた目利きがあります。
つまり、
「今年一番のマグロ」は、
金額とは別の次元ですでに決まっている。
仮に一番マグロと二番マグロを食べ比べたとして、
私の舌では、どちらも文句なく美味しいと思います。
目隠しして当てろと言われたら、
ほとんどの人は当てられないのではないでしょうか。
気になるのは、その金額が持つ「魔力」です。
高値のニュースが繰り返されることで、
現場が無理を強いられたり、
危険を冒すことが美談として消費されていないか。
テレビ番組がそれを感動ストーリーとして放送するたびに、
少し立ち止まって考えてしまいます。
ちなみに、競り落としたすしざんまいは、
一番マグロだからといって特別な価格で提供するわけではなく、
いつも通りの価格でお客さんに出しています。
その点では、とても良心的だと思います。
私個人の考えですが、
プロの目利きによる競りが成立している以上、
それ以上を金額で競う必要はなかったのではないか。
ご祝儀としての価格設定で、十分だったのではと思いました。
派手な数字よりも、
静かに続く文化の方が、
長く残るのではないでしょうか。
(誠に勝手な私の個人的な意見でございました。他意はございません!)
マグロの競りは、もともとプロ同士の真剣勝負です。
尾の切り口を見て、脂の入りや身質を読み取る。
そこには長年の経験と、プライドをかけた目利きがあります。
このプライドをかけた目利きの模様をエンターテイメント的に見せるのも良いかも?と個人的に思ったりもしてます。
