47歳のレジェンドへ。勝ち逃げは許さんぞ!

沖縄クロスライン代表、砂辺光久。

パンクラスの歴史を知る人なら、今さら私が説明するまでもないレジェンドです。

その砂辺光久が、47歳になった今も戦っている。

プロレスではありません。
MMAです。

殴られる。蹴られる。投げられる。絞められる。

そんな真剣勝負の世界に、47歳になっても自ら身体を作り、リングに上がり続けている。

往生際が悪い。

実にいい。(笑)

しかも、ここ2戦は勝っている。

だからこそ私は言っておきたい。

勝ち逃げはダメだぞ。

「今回勝ったら、いいところで引退します」

そんなことを言い出したら、私は許さん。(笑)

私が砂辺光久に望んでいる最後は、勝利でも敗北でもない。

思い浮かぶのは、漫画『あしたのジョー』の最後の場面です。

勝ったか負けたかではなく、
もう何も残っていない。

真っ白な灰になるまで、やり切る。

もちろん、本当に身体を壊せと言っているわけではありません。

そうではなく、自分自身が、

「もう戦えない」

そう思えるところまで、自分の意思で戦ってほしい。

年齢を理由に辞める必要もない。
周囲から「もう十分でしょう」と言われて辞める必要もない。

戦えるなら戦う。
勝ったら、また戦う。
負けても、まだ戦えるなら戦う。

そしていつの日か、自分自身で、

「ここまでだ」

と思える日が来たら、そのとき初めてグローブを置けばいい。

私は長い間、砂辺光久を微力ながら支援させてもらってきました。

そして今日も伝えました。

支援は続けます。

大したことはできません。

砂辺光久を支える多くの人たちの中の、本当に小さな一人です。

でも私は、その小さな一人でいられることをありがたいと思っています。

だから一つだけお願いがあります。

最後の日が来るまで――

この爺さんも、支える人間の末席に置いてください。

勝っても負けても関係ない。

砂辺光久が「もう戦えない」と自分で思う、その日まで。

私は支えさせてもらいます。

だから砂辺よ。

47歳?

まだまだじゃ。

もっと往生際悪く、戦い続けろ。

そしていつの日か、本当にすべてを出し切ったとき――

真っ白な灰になった砂辺光久を見ながら、

私は末席から静かに言いたい。

「お疲れさん。全部やったな。」

それまでは――

勝ち逃げ禁止じゃ!

kimamana-jiyujin-1957

創業50期目、横浜のIT企業ハル・エンジニアリング株式会社、代表取締役会長の平田達彦です。2026年年1月21日付けで、同業IT企業システム二コル株式会社の社外取締役に就任いたしました。ブログにて色々な情報を発信させて頂きます。「自由人として愉しむ」を基本に生きています。多くの人たちと絡んでいきたいと考えていますのでどうぞよろしくお願いいたします。愉しい人と人のネットワークの構築と愉しいものづくりを目指します。 ※ちなみに私のお渡しする名刺の裏側には怪しい鳥が羽ばたくイラストが描いてあります。それは会長ならぬ怪鳥を表しています。日々怪しく飛び回る鳥の如くなのです。(笑)

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