『「もし、おいらが桑田佳祐だったら」と思った日』
さてと、ものづくりの一環として「毎月1曲、Sunoを使って曲作りをする!」と宣言したものの、気が付けば今月も残りあと3日。
「おいおい、大丈夫か?」
そんな声が聞こえてきそうだが、悪あがきも創作のうちである。
そんな中、頭の中に一つのタイトルだけが舞い降りてきた。
「もし、おいらが桑田佳祐だったら」
もちろん、このタイトルのまま完成する保証はどこにもない。
むしろ最後には、まったく違うタイトルになっているかもしれない。
でも創作とは、案外こんな思いつきから始まるものなのだ。
宮崎生まれの湘南育ち?……いや、気が付けば湘南暮らしも51年目を迎えてしまった。
そんな中途半端な湘南人が、あれこれと曲のネタを考え始めた。
「桑田佳祐の名前を出して、湘南のヒーローと絡もうとしてるだけだろう?」
そんな声も聞こえてきそうだ。
いやいや、おいらだって中学生の頃から曲作りはしていたのである。
ただ困ったことに楽譜が書けない。
だから頭に浮かんだメロディーを姉に歌って聴かせ、譜面にしてもらっていた。
辻堂に住んでいた頃には、誰に頼まれたわけでもないのに勝手に「辻堂詩人」を名乗り、曲になりそうな詩や言葉を書きためていた時期もあった。
ただ、同じ時代、同じ湘南の地で暮らし、「勝手にシンドバッド」を耳にした瞬間、おいらの青春は少しだけ変わった。
勢い。
言葉遊び。
何より胸が騒いだ。
対して、おいらの作品は胸騒ぎがしなかった。
だから「辻堂詩人」の作品は、詩集とともにそっと青春の引き出しへしまい込んだ。
生意気にも学生時代、親に買ってもらった宮崎ナンバーの車を湘南まで持ってきて乗り回していた。
「おおっ、宮崎ナンバーじゃん!」
そう言われると、おいらは平気な顔で、
「違う違う、茅ヶ崎ナンバーだよ。」
もちろん、そんなナンバーは存在しない。(笑)
ボウリング好きとして知られる桑田佳祐さん。
だが、おいらだって負けちゃいない。
学生時代はパシフィックホテル茅ヶ崎のボウリング場に入り浸っていた。
当時は学生割引で1,500円の投げ放題。
1シート15ゲーム。
投げ終わると「もう一枚お願いします。」とシートをもらい、また15ゲーム。
波乗りで鍛えたパドルの腕と、荒波にもまれて鍛えた体幹のおかげか、気が付けばアベレージ230を超えていた。
若さって、本当に恐ろしい。
青島かと思えば江の島。
大淀川かと思えば相模川。
霧島連山かと思えば大山・丹沢。
宮崎から湘南へやって来た18歳のおいらには、どこか懐かしくもあり、どこか新鮮な景色ばかりだった。
さて、最後に一言。
おい、桑田佳祐!
湘南ソングをあれだけ世に送り出し、お祭り好きでも知られるあんた。
湘南、夏、祭り。
ここまで揃っていて、どうして茅ヶ崎の夏を代表する浜降祭が、まだ曲になっていないんだ?
……なんて勝手なことを思いながら、おいらだったらこんな出だしで始めるかな、と妄想してみた。
どっこい、どっこい、潮風の中
西浜の空はもう群青にほどけてる
午前四時の砂浜には
四十の神輿が朝の匂いをまとって並んだ
薄明るい空にカモメが一声
134号のテールランプが海に滲む
昨夜の酒もまだ抜けきらぬまま
男衆の声が浜を揺らしていく
担いだら野郎、もう引けないぜ
褌しめて、いざ海の中へ
水しぶきが朝焼けの色を先取りする
湘南の夏は
こうして今日も、光の中で産声をあげる
もちろん、これは今日思いついたネタのほんの一部。
完成した曲が、このままになる保証はどこにもない。
むしろ、まったく違う方向へ走るかもしれない。
それでいい。
ブログは発想の種。
曲は、その種から育つ作品。
いつの日か、
「おおっ、そう来たか!」
そんな一曲が生まれたら、それだけで十分なのである。

