富士山が大好きだ!バブル崩壊で人生最高の3か月を過ごした男の話
今朝も愛犬ぽぽまるとの散歩。
相模川の土手から、霊峰富士が綺麗に見えました。

この時期になると空気が澄み始め、まだ雪化粧をしていない富士山の姿を愉しむことができます。
いやぁ、実に美しい。
しかも、これがタダで見られるんですからね。
自然というものは、なんとも太っ腹です。
さて、私は大の富士山好きです。
初めて富士山に魅了されたのは、中学2年生のとき。
ボーイスカウトの世界ジャンボリーに参加し、朝霧高原を訪れたのがきっかけでした。
それ以来、もう半世紀以上のお付き合い。
大学進学で神奈川に来てからは、何度となく富士山へ足を運びました。
独身時代はドライブ。結婚して家族ができてからは、毎年のようにキャンプ。
山中湖、忍野村、河口湖、本栖湖、田貫湖、白糸の滝……。
景色を眺め、美味しいものを食べ、温泉に入り、森林浴を愉しむ。
春には忍野村の新名庄川沿いの桜並木。
秋には河口湖の紅葉まつり。
どちらも毎年の恒例行事です。
家族からは「また富士山かよ!?」と言われるほど。
はい。また富士山です。何か問題でも?(笑)
そんな私ですが、実は富士山の山頂に登ったことは一度もありません。
最高到達地点は五合目。
もちろん、車のお力をお借りして。(笑)
だって、五合目からの景色でも十分素晴らしいんですもの。
さて、そんな富士山との思い出の中でも、忘れられない時期があります。
それは、バブル崩壊の頃のお話。
当時、会社は景気の良さに乗って事務所を増やしたばかり。
ところが、バブルが弾けて仕事が激減。
私が直接取引していたメーカーからの仕事も中止となり、私自身が一時帰休の対象になりました。
給与は75%保証。副業も認めるという条件だったと思います。
世間では不景気だ、仕事がない、これからどうなるんだと大騒ぎ。
会社でも同僚たちが次々と辞めていきました。
最終的には20名近くが退職し、社員数は50名ほどになったと記憶しています。
そんな中、私にも声がかかりました。
「平田はどうする?」
そう聞かれた私は、
「俺は最後を見届ける!」
と答えました。
別に、辞めていく人を批判するつもりはありません。
ただ、自分自身にとって、ここで辞めることは逃げだと思ったんです。
では、一時帰休になった私は何をしていたのか?
仕事探し?
副業?
いやいや。
しゃらくせぇ~~っ!!
まず、妻と一緒にスポーツジムに入会しました。
そして毎日のように通って体を鍛える。
さらに、気が向けば富士山へドライブ。
いや、ほぼ毎回気が向いていましたけどね。(笑)
当時はポメラニアンも2匹いましたから、夫婦と愛犬たちで自由気ままな毎日。
富士山の周辺でのんびり過ごし、温泉に入り、美味しいものを食べる。
時間の束縛もありません。
もともと物欲がなく、贅沢もしない性格ですから、75%の給与でも生活に支障はありませんでした。
会社は不景気。でも、私は人生絶好調!
メンタルもフィジカルも絶好調。
こんな幸せな時間が、なんと3か月も続いたんです。
そしてある日、会社からお呼び出し。
「あっ、俺のこと忘れてなかったんだな……」
なんて思いながら職場復帰。(笑)
心の中では深々と頭を下げていました。
「人生で3か月も自由をくださって、ありがとうございました!」
ところが!
この話には、とんでもない後日談があるんです。
3か月ぶりに職場へ戻り、キーボードに触れた瞬間。
吐き気と眩暈がしたんです。
「終わった……。俺はもう、この世界では生きていけない」
本気でそう思いました。
自由を満喫しすぎた代償でしょうか。
この経験は、後に経営者となった私の判断にも大きな影響を与えることになります。
2009年4月。
リーマンショックの翌年、私は社長に就任しました。
当時、社員は約60名。
そのうち23名が仕事を失って帰社してきたんです。
新社長就任早々、とんでもない船出です。
でも、不思議と動じませんでした。
なぜか?
自分自身が、仕事を失う経験をしていたからです。
そして、まず決めたこと。
「俺が味わった自由は、社員には与えない!」
おいおい、自分だけ愉しんでおいて何を言う!(笑)
でも、理由があるんです。
あの3か月後の職場復帰で味わった、吐き気と眩暈。
あんな思いを社員にさせたくなかった。
だから、メーカーから仕事が来ないなら、自分たちで仕事を作ろうと考えました。
そこで思いついたのが展示会への出展。
自分たちの技術やアイデアを使って、世の中に見せるものを作ろうじゃないか!
展示会というお祭りを目標にして、みんなでものづくりを始めたんです。
これが大いに盛り上がりました。
社員たちは夢中になって出展品を作り、展示会も大盛況だったようです。
なぜ「だったようです」なのか?
実は展示会の開催直前に母が亡くなり、私は参加できなかったんです。
でも、社員たちは自分たちの力で展示会を盛り上げてくれました。
それはそれで、嬉しいことでした。
そして現在。
ハル・エンジニアリングでは、今も自社の技術やアイデアを生かしたものづくりに取り組み、展示会にも積極的に参加しています。
振り返れば、あの頃の経験が今にもつながっているんですね。
さて、話を富士山に戻しましょう。
中学2年生で出会い、独身時代も、家族を持ってからも、仕事が順調なときも、そうでないときも。
いつも富士山は、そこにありました。
そして今朝も、ぽぽまるとの散歩中にその姿を眺めていました。
富士山は、私にとって単なる観光地ではありません。
人生のさまざまな思い出が詰まった、実に身近な、愛すべき存在なんです。
だから、何度行っても飽きない。
そして、これからも何度でも行くでしょう。
ただし!
三連休のような道路が混雑する日は遠慮します。
大自然に癒されに行くのに、渋滞でストレスをためてどうする!(笑)
さて、近いうちにまた行ってこようかな。
もちろん平日に。
富士山よ、また会いに行くぜ!
登山はしないけどね。(笑)

