なぜ、日本は「15代」で終わるのか?
もう35年くらい前になるだろうか。
知り合いと、こんな話をしたことがある。
「なぜか日本って、15代くらいになると終わるよね?」

何がきっかけでそんな話になったのか、さすがに細かいことまでは覚えていない。
ただ、「15代」という数字だけは、なぜかずっと頭の片隅に残っている。
室町幕府は15代。
徳川幕府も15代。
そして鎌倉幕府を実質的に支配した北条氏も……と言いたいところなのだが、執権を普通に数えれば16代である。
……惜しい。
ここは最初に白状しておこう。
今回の記事では北条氏にも、
「まあ15代界隈ということで」
こちら側へ来てもらうことにする。
歴史に詳しい方から、
「おい、北条執権は16代だぞ」
と言われる前に申し上げておく。
知っとる。
そのうえで、ねじ込むのである。
そして35年前、こんなことも話した気がする
当時の記憶はさすがに曖昧である。
ただ、たしか知り合いと、
「だったら、自民党も15代目あたりで終わったりしてな」
そんな話までしたような気がする。
あくまで35年ほど前の記憶なので、本当にそこまで言ったのか。
今となっては定かではない。
ところが、その後。
本当に妙なことが起きた。
自由民主党の第15代総裁は、宮澤喜一氏。
その宮澤政権下の1993年、衆議院選挙で自民党は単独過半数を失い、1955年以来続いてきた自民党中心の政権がいったん途切れた。
非自民勢力による細川護熙政権が誕生したのである。
……。
わし、予言者だったのか?
まあ、35年前の記憶なので、後から自分に都合よく記憶を書き換えている可能性も否定できない。
そこは笑って許していただきたい。
しかし、こうして改めて並べてみると、やっぱり気になる。
なぜ15代なのだ?
いや、本当に「15」という数字が問題なのか?
もちろん、そんなわけはない。
15代目になった瞬間、天から声が聞こえてきて、
「はい。あなたの政権、本日をもって終了です」
などという歴史の法則があるはずもない。
ではなぜ、長く続いた体制は終わるのだろう。
今回、改めて考えてみた。
すると「15」という数字より、もっと面白いものが見えてきた。
それは、
長く続いた組織の中で、人の気持ちはどう変わっていくのか。
ということだった。
鎌倉幕府――働いたのに報われない
鎌倉幕府では、「御恩と奉公」という関係によって幕府と御家人が結びついていた。
御家人は幕府のために働く。
幕府はそれに報いる。
この関係が成り立っている間はいい。
ところが元寇などを経て、御家人たちは大きな負担を背負ったにもかかわらず、新しい領地などの十分な恩賞を得ることが難しくなっていく。
これだけやったのに、報われない。
これは組織にとって、かなり危険な状態だと思う。
さらに幕府の統治力が揺らぐ中、楠木正成らの抵抗も続き、幕府は各地から兵を動員する。
そして幕府側として出兵したはずの足利尊氏が、幕府を見限る。
新田義貞も挙兵する。
外から突然巨大な敵が現れて鎌倉幕府を倒した、というだけの話ではない。
それまで体制を支えていた側から、人が離れていった。
ここが私は面白いと思う。
昨日まで従っていた人間が、ある日突然裏切ったように見える。
でも、本当に突然だったのだろうか。
不満というものは、表に出るずっと前から蓄積していたのではないだろうか。
室町幕府――15代目だけの責任ではない
足利尊氏が開いた室町幕府は、15代将軍・足利義昭で幕を閉じる。
ここは正真正銘15代である。
しかし当然、義昭一人が悪かったから室町幕府が滅びたわけではない。
応仁の乱をはじめとする長い混乱の中で、幕府そのものが全国を統御する力を徐々に失っていった。
つまり15代目というのは、
「体制を壊した人」ではなく、「長年積み重なった問題の最後に立っていた人」
とも考えられる。
これが重要なのだと思う。
組織というものは、最後のトップ一人の失敗で突然崩壊するとは限らない。
そのずっと前から、少しずつ何かが壊れている。
徳川幕府――力を持った「外側」の人たち
徳川家康から始まった江戸幕府。
こちらも最後は15代将軍、徳川慶喜。
約260年続いた。
ここまで続けば、もう十分立派である。
しかし、その長い時間の中で社会も変われば、各藩の力関係も変わる。
徳川政権では譜代大名が幕政の中枢を担い、薩摩や長州など有力な外様大名は基本的にその外側にいた。
ところが時代が進むにつれ、外様の中にも経済力や軍事力を蓄える藩が出てくる。
力はある。
人材もいる。
しかし既存の仕組みの中では、主流にはなりにくい。
そこへ黒船がやってくる。
外国からの圧力によって、それまでの秩序そのものが揺らぎ始める。
そして薩摩と長州などが手を組み、幕府を倒す側へ回っていった。
これもまた、鎌倉幕府とは事情がまったく違うけれど、一つ共通するものがあるように思える。
それまで体制の中にいた人間が、その体制を支えなくなった。
ここで、今回考えていて出てきた言葉がある。
昨日まで従っていたことと、昨日まで支持していたことは、同じではない。
これは現代の組織にも通じる気がする。
そして第15代自民党総裁
時代は一気に現代へ飛ぶ。
自由民主党第15代総裁、宮澤喜一氏。
1993年、自民党は衆議院で単独過半数を失い、1955年以来続いてきた長期政権が途切れた。
当時は「政治とカネ」の問題などによって国民の政治不信が高まり、政治改革を求める声も強くなっていた。
つまり最後に判断したのは、有権者である。
国民が怒った。
しかし、それだけではなかった。
自民党の内部から、小沢一郎氏や羽田孜氏らが離党する。
そして新生党を結成。
そこへ日本新党などの非自民勢力が集まり、細川護熙政権が誕生する。
ここでもまた、
外から攻撃されただけではなく、中から人が離れている。
鎌倉幕府と自民党を同じものとして語るつもりはもちろんない。
しかし、人間が作る長期組織という観点から眺めると、どうにも似た匂いがする。
ところが、自民党はしぶとい
ここで逆のことも考えてみた。
では、なぜ自民党はこれほど長く続いているのだろう。
自民党という政党は、決して一枚岩ではない。
むしろ、
「よくこれだけ考え方の違う人間が、一つの政党にいるものだ」
と思うくらいである。
それを長年まとめてきた仕組みの一つが、派閥だったのだろう。
総裁選では争う。
勝つ派閥もあれば、負ける派閥もある。
しかし政権を作ると、大臣や党役員の人事などで各派閥のバランスを取る。
もちろん派閥政治には、政治とカネ、密室人事など多くの問題もあった。
ただ、組織を維持する仕組みという別の角度から見ると、
「負けた側にも居場所を残す」
という機能もあったのではないだろうか。
今回は負けた。
でも次がある。
今回は総裁を出せなかった。
でも自分たちの派閥から大臣が出る。
そうなれば、不満があっても組織の中に残る理由がある。
逆に、
「お前たちはもう必要ない」
と完全に排除したらどうなるか。
外へ出る。
そして外へ出た者同士が手を組むことだってある。
1993年、自民党はまさにそれを経験した。
これ、会社経営も同じじゃないか?
結局、私はここへ来てしまう。
会社である。
社長は社員を評価する。
仕事ができる。
できない。
頑張っている。
まだ足りない。
次は誰をリーダーにする。
誰を役員にする。
そんなことを考える。
でも経営者が忘れてはいけないことがある。
社員だって、毎日社長を評価している。
自分の仕事をちゃんと見てくれているのか。
頑張った人間は報われるのか。
意見を聞いてくれるのか。
違う意見を言っても大丈夫なのか。
失敗しても次の機会を与えてくれるのか。
そして、
「この社長についていく価値があるのか。」
社員は口に出さなくても、見ている。
「何も言わない」は「支持している」ではない
強いリーダーが悪いとは、私は思わない。
特に中小企業では、トップが強い意志を持って、時には力技で前へ進めなければならないこともある。
問題は、誰もトップに反対しなくなったときだ。
「社長、それは違うと思います」
そう言う人間を煙たがる。
遠ざける。
自分の言うことを聞く人間だけを周りに置く。
すると経営者には、
「みんな俺についてきている」
ように見える。
しかし社員側は、
「言っても仕方がないから黙っている」
だけかもしれない。
これが怖い。
気がついたときには、
裸の王様。
そして組織の中で影響力を持つ一人が、
「もう、この会社じゃなくてもいい」
と言って出ていく。
すると、それまで黙っていた人間まで動き始めることがある。
歴史上の謀反と会社の退職を同列に語るつもりはない。
でも、そこにいるのはどちらも人間である。
だから私は思う。
人を評価する立場にいる人ほど、自分もまた評価されていることを忘れてはいけない。
そして、わが社は現在4代目
35年ほど前。
知り合いと、
「なぜ日本は15代くらいになると終わるんだ?」
そんな、どうでもいいような話をした。
それを今になって思い出し、鎌倉から室町、徳川、自民党まで眺めてみた。
結局、「15」という数字の謎は解けなかった。
当たり前である。
そんな法則があるわけではない。
でも、長く続く組織について考える材料にはなった。
組織は、長く続けば続くほど内部にいろいろなものが積み重なる。
功績も積み重なる。
伝統も積み重なる。
そして同時に、
不満も積み重なる。
だからこそ、時代に合わせて変わる。
人をきちんと見る。
違う意見にも耳を傾ける。
負けた人にも次の出番を残す。
そして次の世代へ渡していく。
さて。
ハル・エンジニアリングは現在4代目。
15代まで、あと11代。
……
いやいやいや。
15代まで続いたら、上出来じゃろぉ~~っ!
その頃には会社がどんな仕事をしているのか、私には想像もつかない。
名前だって変わっているかもしれない。
今とはまったく違う会社になっているかもしれない。
それでも誰かが次へ渡し、その人がまた次へ渡しているのなら、それでいい。
そして本当に15代まで続いたら――
よくやった!
と褒めてやりたい。
もっとも、その頃の私は、とっくにいない。
ということで、35年越しの「15代の謎」。
散々考えた末にたどり着いた、私なりの結論である。
ばかやろぉ~~!
15代も続けば十分じゃろぉ~~っ!
はい、おしまい!
