68歳、沖縄の朝をひとり歩く。――ぽぽまるはいないけど。
68歳の朝は早い。
旅行先だからといって、それは変わらない。
沖縄旅行2日目。
まだ家族が寝静まっている夜明けとともに、私は一人ホテルを出た。

いつもの散歩パートナー、愛犬ぽぽまるはいない。
彼は現在、遠く離れた平塚のペットホテルでお留守番中である。
ならば今日はゆっくり寝ていればいいものを、長年の習慣とは恐ろしい。
いつもの時間になると目が覚める。
そして目が覚めると、
歩きたくなる。
どうやら私は完全に、ぽぽまるに飼いならされているらしい。
今回の散歩コースは、宿泊しているホテルから隣接するアメリカンビレッジへ入り、そこをぐるっと歩いて海側へ。
そのまま海沿いを歩き、ホテルの裏側から戻ってくるというコースにした。
夕方から夜ともなれば大勢の人で賑わうアメリカンビレッジも、早朝はまるで別世界。
人がいない。
静かだ。
店も閉まっている。
そんな静寂の街を、68歳の爺さんが一人歩く。
ところが歩き始めて間もなく、事件は起きた。
パツ金美女の微笑みに遭遇したのである。

おおっ!
朝っぱらからこれは幸先がいい。
思わず、
「グッモーニング!」
爽やかに挨拶をした。
……。
よく見た。
絵だった。
「ちっ、絵かよ! から喜びさせやがって……」
そして反射的に、
「なあ、ぽぽまる!」
と横を見る。
……いない。
そうだった。
今日は一人だった。
惜しい相棒を亡くした……。
いやいやいや。
死んでませんから!
平塚のペットホテルで、たぶんいい子にしておりますから!
早朝の沖縄で、一人ボケて一人でツッコむ。
うむ。
本日も通常運転である。
そのまま静かなアメリカンビレッジを歩いていく。
夕方からの賑わいが嘘のようだ。
色鮮やかな建物も、誰もいない朝に見ると少し違った顔をしている。
こういう風景を見ることができるのも、早起き爺さんの特権かもしれない。
などと珍しくまともなことを考えながら歩いていると――
突然、左側に見慣れたものが現れた。
レッドロブスター。

「まさか……ここは江の島?」
「俺、瞬間移動した!? Σ(・□・;)」
んなわけあるか!
沖縄まで来て、わざわざ早朝の江の島へ瞬間移動してどうする。
どうやらこの日の爺さん、朝からかなり調子がいい。
いや、良すぎる。
やがて街並みを抜け、海側へ出た。
ここまで来ると、散歩をする人よりもジョギングをしている人をちらほら見かけるようになった。
さっきまでほとんど人がいなかったので、妙にうれしい。
そして突然、頭の中に歌が流れる。
♪ 独りじゃないって~
♪ 素敵なことねぇ~♪
天地真理「ひとりじゃないの」。
なぜ今、天地真理なのか。
自分でも分からない。
だが、出てきてしまったものは仕方がない。
沖縄の海を眺めながら天地真理を口ずさむ68歳。
爽やかな朝の風景が、一気に昭和になった。
それにしても、この時間の沖縄の海は気持ちがいい。


日中ほど暑くなく、海からは爽やかな風が吹いてくる。
目の前には青い海。
空には朝の光。
「良い感じだなぁ……」
いつもの相模川の土手とは、えらい違いである。
……ただし。
富士山が見えない。
そこだけは相模川の勝ち!
沖縄の海を前にしてまで富士山を持ち出す必要があるのかとも思うが、毎朝見慣れた風景というものは、そんなものなのかもしれない。
海沿いをしばらく歩き、ホテルへ向かう。
気がつけば、かなりの距離を歩いていた。
ここで一つ気づいた。
一人で歩くと速い。
当たり前なのだが、いつものぽぽまるとの散歩では、彼の都合というものがある。
クンクン。
立ち止まる。
またクンクン。
そしてマーキング。
少し歩いて、
またクンクン。
私はそのたびに立ち止まり、彼のチェックが終わるのを待っている。
ところが今日は、それがない。
歩く。
歩く。
歩く。
68歳にしては、我ながら結構速い。
同じ散歩時間でも、進む距離がまるで違う。
そこで改めて気づいた。
私は毎朝、ぽぽまるを散歩させているつもりだった。
でも、もしかすると逆なのかもしれない。
これまで仕事で出張したときもそうだった。
ぽぽまるがいなくても、いつもの時間になると目が覚める。
そして知らない街を歩く。
今回の沖縄でも同じだった。
長年繰り返してきた毎朝の散歩が、すっかり自分の生活の一部になっている。
ぽぽまるに飼いならされている。
そう考えると、なんだか悪くない。
いや、むしろ――
生かされている感じがする。
毎朝起きて、外へ出て、歩く。
季節を感じる。
空を見る。
人を見る。
そして、くだらないことを考える。
たまにパツ金美女の絵に挨拶までしてしまう。
それも全部、ぽぽまるとの散歩が作ってくれた習慣なのだろう。
どうやら私は、ぽぽまるを散歩させていたつもりで、
ぽぽまるに散歩させてもらっていたらしい。
平塚のペットホテルで留守番中のぽぽまる君。
沖縄でも、いつもの時間にちゃんと歩いてきましたよ。
ありがとうな。
……もっとも君が一緒だったら、
今日歩いた距離の半分も進んでいなかったと思うけどね。
クンクン長ぇーんだよ!
ということで――
沖縄旅行2日目。
68歳、早朝の一人散歩。
無事終了でございます。
さてホテルに戻ろう。
家族は……
まだ寝てるだろうな。(笑)
















