趣味を持たない男。棺桶に入るその日まで現役続行!
私はこれまで、自分はそれなりに趣味を持っている男だと思っていた。
映画鑑賞、美術鑑賞、旅行、ドライブ……。
ところが今朝、ふとしたことから自分の趣味について考えてみたところ、とんでもない事実が判明した。
どうやら私は、無趣味の男だったらしい。
趣味だと思っていたものを検証してみた
まずは映画鑑賞。
映画館で過ごす2〜3時間。私の場合、料金は1,300円。これほど安く楽しめる娯楽もなかなかない。
だったら、気になる作品を片っ端から観ればいいではないか。
ところが、これが意外とそうならない。
最近も『踊る大捜査線』の新作が話題になっている。
久しぶりの新作ということで世間は盛り上がっているようだが、ちょっと待てよ?
そういえば私、テレビドラマの時代からほとんど観ていなかったではないか。
となると、映画館へ足が向かない。
そんなことを繰り返しているうちに、気がつけば何か月も映画館へ行っていない。
これを映画鑑賞が趣味と公言してよいものだろうか?
では、美術鑑賞はどうだ。
私は美術工芸品などを見るのが意外と好きである。
平塚美術館に至っては顔パスだ!
……いやいや、65歳以上の平塚市民だから無料で入館できるだけでしょうが!(笑)
しかも、実際に足を運ぶのは、たまぁ〜に。
これも趣味と呼ぶには少々怪しい。
ならば旅行は?
大きな旅行といえば、せいぜい年に一度の家族旅行。
ドライブは?
家族の送迎である。
散歩は?
愛犬ぽぽまるとの日課だ。
ものづくりは?
それは仕事じゃ!
……。
おいおい、全部消えてしまったではないか!
こうして68歳にして、私は自分が無趣味の男であることを知ったのであった。
そういえば、友達もいない?
さらに考えてみた。
私には仕事を通じて知り合った人が大勢いる。
しかし、その中に「友達」と呼べる存在がいるかと問われると、これまた考え込んでしまう。
以前、あるリタイアした方の話を聞いたことがある。
その方は現役時代、仕事を通じて多くの友人や知人に恵まれていた。
だからリタイアしても、彼らとの交流を楽しみながら充実した日々を送れると思っていたそうだ。
ところが、実際にリタイアしてみると、参加していたLINEグループから次々と人が退出していった。
そして、やがて誰もいなくなってしまったという。
彼は気づいたのだろう。
自分という人間と付き合ってくれていたのではなく、仕事上の肩書と付き合ってくれていたのではないか、と。
もちろん、仕事という共通の接点がなくなれば、自然と疎遠になることもあるだろう。
それでも、長年築いてきたと思っていた人間関係が、肩書一つで変わってしまうとしたら、何とも寂しい話である。
さて、私自身はどうなのだろう。
趣味もない。
友達と呼べる存在もいない。
……。
ヤバいな、俺!(笑)
ならば、棺桶に入るその日まで!
しかし、ここで一つの結論にたどり着いた。
そうだ!
それならば、仕事を通じて知り合った人たちと、これからも変わらぬ交流を続けられるようにすればよいではないか。
そのためには?
棺桶に入るその日まで、現役続行じゃ!
何とも単純な結論である。(笑)
しかし、改めて考えてみると、私は仕事そのものだけでなく、人と出会い、話をし、互いに刺激を受けることが好きなのだと思う。
初めて出会った人から知らなかった世界の話を聞く。
面白い発想に触れる。
そこから新しいアイデアが生まれる。
そして、また誰かに会いたくなる。
なるほど。
私は、実は人が好きなのだ。
仕事を続けたい理由の一つも、そこにあるのかもしれない。
肩書があるから人と付き合うのではなく、人と関わり続けたいから、いつまでも現役でいたい。
もっとも、棺桶に入るその日まで仕事をするとなると、周囲の皆さんには少々ご迷惑をお掛けするかもしれないが……。
そこはひとつ、よろしくお付き合いいただきたい。(笑)
あとがき 趣味の再構築を決意する
さて、今回の自己検証によって、これまで趣味と公言してきたものが、実はあまりにも活動頻度の低いものばかりだったことが判明した。
これはいかん!
これからは、もう少し積極的に趣味を楽しもうではないか。
例えば、温泉巡り。
「私の趣味は温泉巡りです!」
「ほう、最近はどちらの温泉へ?」
「ええっと……最後に行ったのは2年前だったかな?」
……。
それじゃ、巡ってないじゃん!
ということで、68歳にして趣味の再構築を決意した男であった。
もっとも、趣味を増やすことに夢中になりすぎて、仕事がおろそかになってはいかん。
何しろ、棺桶に入るその日まで現役なのだから。
いやはや、忙しい人生になりそうじゃ。(笑)

