立ち位置を変えてみる
最近、改めて「観察すること」の大切さを感じています。
私は普段から、街を歩いていても、展示会に行っても、比較的いろいろなものを観察している方だと思っていました。
ところが先日、そんな自分の視野の狭さに気づかされる出来事がありました。
場所は、最近よく利用しているBASEGATE横浜関内。
OFFICEフロアへ向かうエレベーターは、11階までノンストップで上がります。
乗っている時間はわずかです。
本来の目的は11階へ行くことですから、乗ってしまえば到着を待つだけ。
ところが私は、エレベーター内の音声アナウンスやデジタル表示が、ついつい気になってしまいます。
考えてみれば、これも以前から展示会で大切だと思ってきたことにつながります。
展示会を歩いている人も、最初から自分たちのブースを目指しているとは限りません。
そんな人に、
「ん?」
と気づいてもらう。
音だったり、光だったり、動きだったり。
まず気づいてもらわなければ、そこから先は始まりません。
そんなことを考えながら、もう一つ面白いことに気づきました。
私は電車に乗るとき、ほぼ同じ場所に乗ります。
特別な理由があるわけではありません。
混雑などの事情がなければ、自然といつもの場所に立つ。
どうやらエレベーターでも同じだったようです。
BASEGATE横浜関内のエレベーターでも、最初に乗ったときに立った左側が、いつの間にか私の定位置になっていました。
そこで毎回目にしていたデジタル表示が、中国語と韓国語。
「なぜ中国語と韓国語なんだろう?」
少し違和感を覚えていました。
ところがある日、知人をHAMARISEへ案内するため一緒にエレベーターへ乗ったとき、たまたま私はいつもとは反対の右側に立ちました。
そこで目にした表示は、
日本語と英語。
「ああ、そういうことだったのか!」
左右で表示する言語を分けていたのです。
何度も乗っていたのに、私はそれに気づいていませんでした。
観察しているつもりだったんですけどね。(笑)
そこで改めて思いました。
いつも同じ場所に立つという習慣が、自分の視野まで固定してしまっているのではないか。
もちろん、立つ場所を変えたからといって、毎回何かを発見できるわけではありません。
それでも私は、それ以来、できる範囲で少し立ち位置を変えてみることにしました。
すると、この「立ち位置を変える」ということは、単に物理的な場所だけの話ではないように思えてきました。
最近、私がものづくりをするうえで大きな刺激を受けている人物がいます。
偉大なる建築家、アントニ・ガウディです。
彼が設計した独特の建造物を見ていると、私にはスペインの街並みという巨大なキャンバスに、ガウディが自分の世界を描いているように感じます。
まあ、
「そんなこと、みんな感じてるよ!」
と突っ込まれそうですが。(笑)
ただ最近、私はガウディの建築を見る立ち位置も少し変わってきました。
もちろん、あれだけのものを思い描いたガウディは凄い。
しかし――
これを実際に作った人たちも、とんでもなく凄いのではないか。
建築家は図面や模型を作り、様々な専門家や職人と打ち合わせを重ね、修正を繰り返しながら、思い描いた建造物を現実のものへ近づけていきます。
建造物は、思いつきだけでは建ちません。
寸法、角度、強度、荷重、材料。
様々なものを正確な数字へ落とし込み、それを現実の世界で形にしていく。
以前、建築に関する話の中で、
「数字は嘘をつかない」
という言葉を耳にしました。
確かにそうだと思います。
どれだけ自由な発想であっても、それを現実の建造物として存在させるためには、数字から逃げることはできません。
そして、その数字を現実の形にしていく人たちがいる。
石を加工する人。
鉄を加工する人。
組み上げる人。
細かな装飾を施す人。
あれだけ複雑なガウディの世界を、実際の建造物として作り上げていった人たちです。
私はそこで気づきました。
自分がガウディの建築に魅了されていた理由の一つは、ガウディだけではなかったのだと。
思い描く人と、それを現実にする人。
その両方に魅了されていたのです。
私は長年IT業界にいて、ソフトウェア開発を中心に仕事をしてきました。
長く一つの世界にいると、知識も経験も増えていきます。
しかし同時に、その世界の常識の中だけで物事を見るようになってしまうのかもしれません。
建築には建築の世界があります。
製造には製造の世界。
デザイン、印刷、加工、素材。
「ものづくり」という大きなくくりで見れば、私の知らない世界がまだまだ山ほどあります。
私はこれまで、多くの業種業態の展示会へ足を運び、様々なものを見てきました。
そのたびに、
「勉強になった」
と思っていました。
ところが今になって、
まだまだ行動が甘かったな。
と思い始めています。
展示会へ行く回数の話ではありません。
何を見るのか。
どこから見るのか。
そして、自分とは違う世界の常識を、どこまで覗いてみようとしたのか。
そこです。
最後に、ガウディといえばサグラダ・ファミリア。
長い間完成しない建造物として有名になり、世の中でもなかなか完成しないものを、
「○○のサグラダ・ファミリア」
などと揶揄することがあります。
私もそんな感覚で見ていた一人です。
でも、ここでも少し立ち位置を変えてみたらどうだろう。
外から見れば、
「なぜ、こんなに時間がかかるの?」
と思う。
しかし、その世界の中に立ってみたら、
「これだけのものを作るのだから、そう簡単にいくはずがない」
なのかもしれません。
もちろん、サグラダ・ファミリアが長い年月を要した理由には、歴史的、社会的、資金的な様々な事情があります。
それでも、ふと思います。
ある世界の常識は、別の世界から見れば非常識に見えることがある。
逆に、自分たちが当たり前だと思っていることだって、違う世界の人から見れば不思議に見えるのかもしれません。
だからこそ、時には立ち位置を変えてみる。
いつもとは反対側に立ってみる。
違う業界を覗いてみる。
設計する人だけでなく、作る人を見てみる。
完成したものだけでなく、そこへ至る過程を見てみる。
何か新しいものが必ず見つかるとは限りません。
でも今回、私はたった一つ、エレベーターの立ち位置を変えただけで、今まで見えていなかったものを見ることができました。
そして思います。
世界が狭いのではない。
自分がいつも同じ場所に立って、世界を見ていただけなのかもしれない。
さて今日は、いつもと違う場所に立ってみようかな。

