その批判の先に、何を求めていますか?
今日も暇を見つけては、ネットの世界をあっちへフラフラ、こっちへフラフラ。
ニュースを読んだり、誰かの発言を眺めたり。
そんなことをしていると、まあ出てきます。
誰かに対する批判。
何かに対する批評。
中には、
「なるほどねぇ」
と思うものもあります。
感情だけで誰かを攻撃するのではなく、きちんと調べて、自分なりの考えを整理して書いている。
ごもっとも。
そう思うことだってあります。
ところがですね。
私はそこで終わればいいものを、余計なことが気になってしまう。
「ところで、この人はこの批評を世の中に発信して、その先に何を求めているんだろう?」
これです。
別に批判するなと言っているわけではありません。
世の中には、おかしいことを「おかしい」と言わなければならないこともあるでしょう。
問題を指摘することで、初めて多くの人がその問題に気づくことだってある。
建設的な意見が含まれていれば、
「なるほど。そういう考え方もあるよね」
と耳を傾けることもできます。
でも、時々あるんですよね。
誰かを批判して、そこで終わり。
相手にどうなってほしいのか。
何を変えたいのか。
その発信によって、何が起きてほしいのか。
その先が、私には見えない。
しかも相手は、会ったこともない人だったりする。
自分とは直接何の関係もない人について、調べて、考えて、文章を書いて、不特定多数の人に向かって発信する。
それだけの時間とエネルギーを使っている。
そこで、また私の中に「?」が生まれる。
何を期待しているんだろう?
賛同してもらいたいのだろうか。
本人に届いて、何かを改めてもらいたいのだろうか。
世の中に問題を知ってもらいたいのだろうか。
同じ考えの人とつながりたいのだろうか。
それとも――。
何か満たされないものがあって、それを満たそうとして繰り返しているのだろうか。
いや、それも私の勝手な想像です。
本人に聞いたわけではありません。
だから決めつけたくもない。
だから知りたいのですよ。
「あなたの批評は分かりました。では、その言葉を世の中に投げた先に、あなたは何を求めていますか?」
一度、聞いてみたい。
すると、天からいろんな声が降ってきそうです。
「お前には関係ない!」
はい。
「余計なお世話だ!」
まったくその通り。
「そんなこと知ってどうする!」
……確かに。(笑)
知ったところで、私の人生が豊かになるとも思えません。
一円の儲けにもならないでしょう。
でもね。
知りたいものは、知りたいのです。
どうでもいいことなのに、ちょっと引っ掛かる。
引っ掛かると、「なぜ?」と思う。
一つ答えらしきものを見つけると、
「じゃあ、その先は?」
と、また考える。
そして、
「それとも……?」
と、また別の穴を掘り始める。
困ったものです。
杉下右京さんじゃありませんが、私、案外しつこい性格なのですよ。
ほほほ……。
まあ、世の中にはいろんな人がいて、いろんな考え方がある。
それでいいんだと思います。
私は私で、どうせ同じ一日を過ごすなら、誰かの粗を探して過ごすより、
「なんだこれ?」
「面白いな」
「なぜだろう?」
そんなものを一つでも多く見つけながら、愉しく生きていきたい。
もっとも、こんなことを延々と考えてブログに書いている時点で――
私も相当、面倒くさい人間なのかもしれません。
以上。
口うるさい爺さんの戯言でした。
ほほほ……。(笑)

