平田シェフ、本日の一皿。――カレーは飲み物ではありません。たぶん。
さて本日は、気分転換に夕飯を作ることにした。
メニューはチキンカレー。
別に自慢できるような料理ではない。
私は料理をするとき、ほとんど計量というものをしない。
大さじ一杯?
小さじ二杯?
何グラム?
知らん。
だいたいこんなもんじゃろう。
味を見て、足りなければ足す。
濃ければ何とかする。
したがって、たまたま猛烈に美味しいものが完成しても、二度と同じ味は再現できない。
一期一会の平田料理である。
ただ、カレーだけは少々年季が入っている。
私が初めてカレーを作ったのは、おそらく小学生の頃。
ボーイスカウトで飯盒炊飯をしながら作っていた。
だからカレーについては、まあまあ作れる。
ところが不思議なことに、飯盒でご飯を炊くのは得意なのに、炊飯器を使うとかなりの確率で失敗する。
水加減もちゃんと確認している。
「よし、今日は完璧だ」
そう思ってスイッチを押す。
ところが炊き上がった蓋を開けてみると――
ねちょす!
家族からも、
「また、ねちょす?」
と揶揄される。
いやいや。
ちゃんと水加減を確認したぞ。
これはおかしい。
そこで私は炊飯器を眺める。
メーカーも確認する。
「こいつ、本当に大丈夫か?」
さらには炊飯器を揺さぶってみる。
……。
揺さぶったところで何が分かるんじゃ!
それでも私は炊飯器を疑った。
ところがである。
奥さんが同じ炊飯器を使ってご飯を炊く。
すると――
普通に炊ける。
ねちょすではない。
ちゃんとした、美味しいご飯である。
……。
炊飯器は悪くなかった。
米も悪くなかった。
ましてや、お米マイスターが厳選した米に罪などない。
どうやら問題は、
私だった。
エンジニアとして原因を切り分けていった結果、最後に残った不具合箇所が自分自身だったのである。
これは認めざるを得ない。
したがって現在、私は炊飯器には一切手を触れない。
お米を買いに行く。
持って帰る。
米びつに入れる。
私の米に関する仕事は、そこで終了である。
さて、本日のチキンカレー。
買ってきた鶏肉を見ると、見事に皮が付いていた。
ならば、その皮を使わない手はない。
フライパンに油を敷き、まず皮の部分をパリッとなるまで焼く。
全体にも軽く火を通してから、一口サイズにカット。
それを、大きめに切った野菜が待つ鍋へ投入する。
そう。
今日は野菜をわざと大きく切った。
理由がある。
私は、とにかく食べるのが速い。
先日、近所のCoCo壱番屋へ行った。
注文したのはロースカツカレー。
しかも、それだけではない。
ロースカツカレーに、さらにロースカツをトッピングした。
つまりカツが二枚。
それでも完食まで5分とかからなかった。
どうやら私にとっては、
カレーだけではなく、カツまで飲み物らしい。
なか卯の親子丼に至っては、さらに危険である。
1分もかからない。
自分では周囲の人を見たり、意識したりしているわけではない。
ただ食べているだけである。
ところが時折、周囲から、
「はやっ!」
という声が聞こえてくる。
意外と人は見ているものらしい。
以前スシローで29皿ほど積み上げていたときには、どこからともなく、
「フードファイターがいるぞ!」
という声まで聞こえてきた。
おいおい。
たかが29皿でフードファイターなわけないだろう。
そもそも、私はいつからこんな早食いになったのだろう。
考えていたら思い出した。
小学生の給食である。
誰かと、
「おい、どっちが早く食べられるか競争しようぜ!」
などと宣戦布告した記憶は一度もない。
ライバル?
さてね。
ただ、なぜか私は、
「今日も自分が一番最初に食べ終わるんだ!」
という意識を持って、毎日給食を食べていた。
そして食べ終わると、すべての食器をトレイに載せ、教室の先頭へ持っていく。
フィニッシュ!
誰とも競争していない。
誰からも挑戦されていない。
それなのに毎日、一人でタイムアタックを開催していたのである。
そして、いつも一番だった。
どこからともなく、
「悔しいです!」
という空気が漏れていたような気もする。
まあ、気のせいだろう。
そんな私を見て、先生はいつも優しく声を掛けてくれた。
「平田君、もっとゆっくり、しっかり噛んで食べなさい!」
当時の私は、
「また先生に声を掛けられた」
くらいに思っていた。
いやいやいや。
それ、誉めてねえから!
完全なる教育的指導だろうが!
そんな少年が、そのまま爺さんになった。
そこで本日のカレーである。
野菜を大きく切った。
理由はただ一つ。
嫌でも噛ませる作戦である。
さらに福神漬けも投入する。
歯応えが加われば、さすがの私でも噛むだろう。
ポリポリ。
モグモグ。
「うむ。今日はちゃんと噛んでいるぞ」
……と思っているうちに、
ごっくん。
いつの間にか飲み込んでいる。
恐ろしい。
六十年近く鍛え上げた早食い能力は、福神漬け程度では止められないらしい。
さて、カレーが煮立ったところで一度火を止める。
今日は複数のルウを混ぜることもせず、バーモントカレー中辛一本勝負。
ルウをしっかり溶かし、多少の隠し味を加え、再び弱火でじっくり煮る。
本当は私は激辛が好きである。
しかし家族には辛いものが苦手な者がいる。
自分だけのために鍋全体を激辛にするわけにはいかない。
そこで鍋そのものは平和な中辛。
だが、私には秘密兵器がある。
山梨のずりだねである。

ほうとうや吉田うどんに入れて食べても旨い。
ところが、これをカレーにぶっかけると――
もう最高に旨い。
ただ辛くなるだけではない。
風味そのものが変わる。
普通のお家カレーが、私好みの絶品カレーへ変身する。
家族はバーモントカレー中辛。
私の皿だけ途中から、
山梨県参戦。
これでいい。
そして完成したカレーを一口味見してみた。
……うむ。
お家カレーの出来としては合格じゃ!
私は別に料理人ではない。
自慢の料理があるわけでもない。
レシピもない。
計量もしない。
したがって、同じ味を二度作ることすらできない。
それでも時々、料理をする。
この前は豚汁。
その前はソース焼きそば。
ゴーヤチャンプルーも作る。
冷や汁も作る。
そして今日はチキンカレー。
どうやら私は、料理をすることで気分転換をしているらしい。
頭の中であれこれ考えるのをいったんやめる。
野菜を切る。
肉を焼く。
鍋をかき混ぜる。
味を見る。
いい匂いがしてくる。
そして最後に、
「うむ、旨い。」
それでいい。
いつもならポテトサラダまで作るところだが、今日は辞退した。
なぜかカレーを作っただけで少々疲れた。
年には勝てん!
さて。
そろそろ家族が食べる時間である。
今日も私が作ったカレーを喜んで食べてくれることだろう。
……恐らく。
そして平田シェフには、もう一つ大切な仕事が残っている。
自分で大きく切った野菜を、ちゃんと噛んで食べることである。
小学生の頃、先生から言われた言葉を思い出そう。
「平田君、もっとゆっくり、しっかり噛んで食べなさい!」
先生。
あれから六十年近く経ちました。
申し訳ありません。
いまだに直っておりません。
それでは本日の一皿。
いただきます。
……だから、
カレーは飲み物じゃねえって! 🤣

