ジャングリアは“体験”で勝負すべきだと思う
前回、森岡毅という挑戦者にエールを送った。
今回はその続きだ。
応援するなら、ただ見ているだけではつまらない。
勝手な素人目線ではあるが、こうしたらもっと面白くなるのではないか、という話をしてみたい。
テーマパークというと、どうしてもアトラクションが中心になる。
並んで、乗って、楽しむ。
しかし、私は少し違うのではないかと思っている。
アトラクションに行ったら楽しいのではなく、
ジャングリアに入った瞬間から楽しい。
そういう場所にできないだろうか。
道を歩いているだけで、何かが起きる。
待っている時間すら体験になる。
どこにいても、物語の中にいる。
そのために必要なのは、大掛かりな設備だけではない。
むしろ、小さな仕掛けだ。
あちこちに、ちょっとした違和感や発見を散りばめる。
見つける楽しみを作る。
そして、何よりも重要なのは「人」だ。
スタッフがただの案内役ではなく、
世界を動かす存在になる。
恐竜を呼び寄せる者、
人を守る者、
導く者。
人が介在することで、体験は“ライブ”になる。
デジタルは使えばいい。
しかし、それを表に出す必要はない。
スマホを見ながら歩くテーマパークに未来はない。
使うなら裏側でいい。
人は現実を見て、感じるべきだ。
そしてもう一つ。
私は休息の設計が非常に重要だと思っている。

テーマパークは走り続ける場所ではない。
老若男女が楽しむ場所だ。
どこでも休める。
天候に関係なく、自然に入り込める場所がある。
しかもそれが、ただの休憩ではない。
そこは“次の行動を決める場所”だ。
洞窟の中に入ると、
壁に何かが描かれている。
ヒントかもしれない。
誰かの記録かもしれない。
少し休んで、次はどうするかを考える。
そんな場所があれば、
休息は止まる時間ではなく、次への準備になる。
私はテーマパークとは、こうあるべきだと思っている。
見る場所ではなく、関わる場所。
消費する場所ではなく、参加する場所。
それこそイマーシブ・フォート東京だ。
世間はあれを失敗と言う。
だが私はそうは思わない。
あれは途中だ。
その先を、ジャングリアで形にすればいい。
デジタルで便利にするのではなく、
人が夢中になる体験で勝負する。
それがジャングリアの道かもしれない。
これは素人の勝手な発想かもしれない。
だが、来場者の一人としての本音でもある。
ジャングリアには、その可能性があると思っている。
だからこそ、期待している。
勝手なことを書いたかもしれない。
それでもいい。
10年後20年後に、森岡毅が笑っている。
そんな未来を見てみたい。
