昔々、人間がコードを書いていたそうな。ひぃえええ~~~っ!
先日、とある同業者の話を耳にした。
なんでも、その会社はソフトウェア開発の単金をかなり安く提示しているらしい。
その理由を聞いて、私は思わず叫んでしまった。
「えええええーーーーっ!」
なんと、ソフトウェアの製造をAIに任せることで、工数を大幅に削減できるというのだ。
いやいや、ちょっと待ってくれ。
それなら、お客さんが直接AIに作らせれば、お前らの存在自体いらんだろう!
もちろん、AIを活用して生産性を上げること自体は大歓迎だ。
ただ、私たちソフトウェア会社の存在意義は、単にコードを安く書くことだけなのだろうか。
アイデアを出し、形にし、人に見せる。意見をもらい、改良する。そして、お客様と一緒に新しいものを創り出す。
AIのお陰で、私は今、人生で最も頭が活発に動いていると感じている。
頭の中に長年仕舞い込んでいたアイデアを、次々と形にできるようになったからだ。
その実物を人に見せると、
「ハルさん、そういうことができるのであれば、こんなこともお願いできませんか?」
そんな具体的な仕事の相談につながることもある。
行動力、企画力、そして長年培ってきた技術力。
さあ、一緒に仕事をしませんか?
私が目指しているのは、そんな世界である。
ところが、ここでふと考えた。
AIがコードを書く時代。
そのうち、人間が自分でコードを書いていたこと自体が、昔話になるのではないか?
そこで、未来の世界をちょっと覗いてみることにした。
第一夜 恐怖のプログラマー
昔々、あるところに、プログラマーという人たちがおったそうな。
「プログラマー? それは何をする人たちじゃ?」
「なんと、自分の手でコードを書いておったそうじゃ」
「ひぃええええ~~~っ! そんな恐ろしい時代があったのか!」
「しかもな、書いたコードが動かぬと、夜中まで原因を探しておったそうじゃ」
「な、なんということじゃ……」
「おまけに、一つ直すと、また別のところが壊れることもあったそうな」
「呪われた世界じゃああああ!」
第二夜 呪いのバグ表
「昔の技術者はな、バグ表なるものを、せっせと作っておったそうじゃ」
「バ、バグ表!?」
「発見日、現象、再現手順、原因、対策、確認結果……。それはそれは、びっしりと書き込んでおった」
「ひぃええええ~~~っ!」
「しかも、設計に費やした期間の何倍もの時間をかけて、ようやく製品化にこぎ着けることもあったそうな」
「そんな恐ろしい仕事を、なぜ人間がやっておったのじゃ!」
「それがのう、当時は当たり前だったんじゃよ」
第三夜 死者が出る納期
「そしてな、どうしても納期が守れぬときには……死者が出たそうじゃ」
「し、死者!? ついに犠牲者が!?」
「担当技術者が急死いたしまして……。残された社員一同、何とか納期を死守しようと頑張りましたが……」
「そ、それで!?」
「大変申し訳ございませんでした。<m(__)m>」
「ひぃええええええ~~~っ!」
「ところで、その亡くなった技術者はどうなったのじゃ?」
「翌週、別のプロジェクトで元気に働いておったそうじゃ」
「生きとるんかぁぁぁい!!!」
まるで『VIVANT』の世界である。
死んだはずの人間が、次々と生きている。
しかも、翌月の工数表には、しっかり名前が載っている。
不死身の技術者たち。
ひぃええええ~~~~っ!
さて、笑っていられるのは、いつまでだろうか。
ここまで書いて、自分でも笑ってしまった。
しかし、これは単なる昔話ではない。
私自身が長年身を置いてきた、ソフトウェア開発の世界である。
そして今、AIがその世界を大きく変えようとしている。
「いやいや、コードは人間が書くものだろう」
そう思っている技術者もいるだろう。
しかし、AIが人間に代わってコードを書く未来は、もはや荒唐無稽な話ではない。
例えば、私は今でもAIを活用したアプリ開発において、
「異常処理はどうする?」
と問いかける。
しかし、それも要件定義や仕様書の段階で明確にしておけば、AIに実装させることができる。
さらにAIの能力が向上すれば、要件定義から仕様書を作り、コードを書き、試験まで行う範囲が広がっていくだろう。
もちろん、あらゆるシステムをAIだけで完璧に作れるようになると決まったわけではない。
それでも、昨日まで人間が当たり前に行っていた作業が、明日にはAIの仕事になっているかもしれない。
そんな時代の足音が、確かに聞こえてくる。
だからこそ、今、この瞬間に、この昔話を書いておきたかった。
数十年後には、本当に笑い話になっているかもしれないからだ。
それでも、生き残る術はある。
では、今、この世界にいる技術者たちは、どうすればよいのだろう。
私は、好きでソフトウェアの世界に入ってきたのであれば、一度は自分の手でコードを書けるようになってほしいと思っている。
自分で考え、自分で作り、思い通りに動いたときの喜び。
そして、動かなかったときの悔しさ。
その経験には、今も意味があると思う。
もっとも、この考え方自体が、いずれ昔話になるのかもしれないが。(笑)
大切なのは、コードを書くことだけを自分の仕事だと決めつけないことではないだろうか。
AIに任せる仕事が増えるなら、自分は何を考え、何を判断し、何を創り出すのか。
お客様の課題を見つける。
新しいアイデアを生み出す。
AIが作ったものを検証し、品質を確かめる。
あるいは、AIそのものを使いこなし、これまで不可能だったものを実現する。
役割分担を考え直せば、まだまだ挑戦できることはある。
AIに何ができるかを考えるだけでなく、AIと一緒に自分は何ができるのかを考えてみよう。
さて、諸君。
未来の子供たちが、我々の仕事を恐ろしい昔話として聞く日が来るかもしれない。
そのとき、こんな一言を残せたら面白いではないか。
「昔の技術者はな、自分の手でコードを書いておったんじゃよ」
「ひぃええええ~~~っ!」
「しかもな、バグまで自分で作っておったんじゃ」
「ぎゃあああああああああ!!!」
そして、伝説の爺さんは静かにつぶやいた。
「じゃがな、それが面白かったんじゃよ」
以上、平田亭達之輔の一席でございました。
おあとがよろしいようで。<m(__)m>

