時間の使い方。自由を求める爺さんの話。
私は長時間並ぶのが苦手だ。
人気店の行列、観光地の行列。世の中には、何かと並ばなければならない場面がある。
長時間の移動も、できれば避けたい。
なぜだろう?
改めて考えてみたら、答えはすぐに出た。
自分がやりたいことを、やりたいときにできないのが嫌なのだ。
実に単純な話である。(笑)
私は、一人で自由に生きていることほど快適なことはないと思っている。
しかし、現実には一人ではない。家族がいる。
家族のためにやらなければならないことも、当然ある。
そんなときは百歩譲って、そちらを優先する。
ああだこうだと考えていても時間の無駄だ。とっとと片づけてしまえば、それだけ早く自分の時間が戻ってくる。
だから私は、面倒なことや嫌なことほど第一優先で片づける。
楽なことほど後回し。
「あれもやらなきゃなーっ!」
そんなものが頭の片隅に残っている状態を、極力なくしておきたいのだ。
もちろん、突然降りかかってくる問題もある。
降りかかった火の粉は、丁寧に払う。
必要なことなら、そこには時間を使う。
ただし、自分にとって無駄だと思うことには、最初から手も足も出さない。
時間を節約するために、あれこれ工夫する以前の話だ。
無駄だと思うことは、はなっから選択肢にない。
さて、そんな私にとって、最も心地よい瞬間とは何か。
例えば、就寝中。
突然、何かのアイデアが頭に浮かぶことがある。
そうなると、もういけない。
ガバッと飛び起きて、すぐに実行する。
これが何とも心地よい。快適だ。満足だ。
逆に、朝まで我慢してベッドの中にいるなんて、苦痛でしかない。
そもそも私は、何も考えようとしていないときでさえ、勝手に脳みそが働いてしまう。
静かにしていても、次から次へとアイデアが湧いてくる。
考えなくてもいいのに、考えてしまう。
そして、思いついたら試したくなる。
まったく面倒な爺さんである。(笑)
この年になって、やりたいことが減るどころか、ますます増えてきた。
一方で、人生の残り時間が無限にあるわけではないことも、よく分かっている。
だからこそ、自分にとって無駄だと思うことに、貴重な時間を使っている場合ではない。
そんな話をしていたら、ふと一つの言葉にたどり着いた。
「時間が欲しいというより、思いついた瞬間に動ける自由が欲しい。」
ああ、そういうことなのかもしれない。
私が求めているのは、予定のない時間をたくさん確保することだけではない。
何かを思いついたとき、すぐに動けること。
そのために、やらなければならないことは先に片づけておく。
そして、自分が独占できる時間くらい、ストレスなく、思いのままに過ごしたい。
何もしない時間があってもいい。
その時間に、また新しいアイデアが生まれるかもしれないのだから。
さて、本日も窓の外を眺めながら、こんなことを考えていた。
台風の影響で、空は一面の雲。雨が降ったりやんだりしている。
そして、時間の使い方について考えていたはずが、いつの間にかブログを一本書くことになった。
自由な時間が欲しいと言いながら、自分で自分の仕事を増やしている。
やれやれ。
まったく、面倒な爺さんである。(笑)

