クリスマスイブの思い出”サンタさぁ~~ん!”
私が初めてサンタさんからの贈り物を意識したのは、4歳のときのことです。
当時、宮崎県の綾町という、昔は「夜逃げの町」として知られていた場所に住んでいました。
今でこそ自然豊かな町として知られていますが、当時は決して豊かな土地ではありませんでした。
生活に必要なものは手に入るけれど、
特別なものは簡単には手に入らない――
そんな町でした。
我が家は親父が警察官だったので、
おそらく人並みの暮らしはしていたのだと思います。
食べることに困ることもなければ、
学校に通えないようなこともありませんでした。
ただ、クリスマスのために街へ出てプレゼントを買う、
そんな発想自体が、当時の暮らしの中ではどこか非現実的でした。
綾町は宮崎の中心地からバスで一時間ほどの場所にあります。
今の車社会とは違い、当時は自家用車を持っている家庭などほとんどなく、
仕事で忙しい親が、子どものクリスマスプレゼントのためだけに街へ出る――
そんなことは、現実的ではなかったのだと思います。
それを理解できるようになったのは、
自分が親になり、
今度はクリスマスプレゼントを「贈る側」になってからのことでした。
そんな環境の中で迎えた、ある年のクリスマスイブ。
きっかけは、たぶん姉のどちらかだったと思います。
「靴下を枕元にぶら下げて寝れば、
翌朝サンタさんがプレゼントを入れてくれるらしい」
その話に、姉二人と私は一気に盛り上がりました。
三人それぞれ靴下を用意し、
枕元にぶら下げて、疑うこともなく爆睡。
そして迎えた翌朝。
目を覚まして真っ先に枕元を見ると、
そこには昨夜とまったく同じ、
ぺったんこの靴下が三人分、
きれいにぶら下がったままでした。
一瞬の沈黙のあと、
三人で顔を見合わせて――
大爆笑。
がっかりするとか、泣き出すとか、
そんな展開にはなりませんでした。
ただただ可笑しくて、笑い転げたのです。
そしてわずか4歳にして、
私はサンタさんがこの世にいない、
という事実を、あっさりと受け入れてしまいました。
それ以来、
我が家でクリスマスイブに靴下がぶら下がることは、
一度もありませんでした(笑)。
それでも、
サンタさんを恨んだ記憶も、
親を責めた記憶もありません。
あの町で、あの時代に、
あれ以上を望むのは、
きっと違ったのだと思います。
そんなある日、
隣に住むおばさんが、自分の息子と私を連れて、
宮崎の中心地という“当時の大都会”へ遊びに連れて行ってくれました。
それだけでも夢のような出来事でしたが、
帰り際に、
息子と私に一つずつ、
プラスチック製の車のおもちゃを買ってくれたのです。
当時の私にとって、それはまさに宝物でした。
ところが帰宅後、
火鉢の上でその車をくるくると走らせて遊んでいたとき、
手が滑り、車の上の部分だけが外れて、
そのまま火鉢の炎の中へ落ちてしまいました。
一瞬で、燃え尽きました。
確かにその瞬間、
「あっ……」とショックは受けました。
でも不思議なことに、
強い怒りや悲しみは、あまり覚えていません。
残った下の台座の部分を手に取り、
私はそのまま、淡々と遊びを続けたのです。
本来、手に入るはずのなかった“お宝”を手にし、
それを自分の不注意で失った。
その事実を、私は意外なほど素直に受け入れていました。
むしろ、
残った部分をどう使うか、
他の何かと組み合わせられないか――
そんなことを考えながら遊んでいた記憶さえあります。
今振り返ると、
その頃から私は、
壊れたもの、足りないものを工夫して使うこと、
つまり「ものづくり」に興味を持ち始めていたのかもしれません。
当時、野に放たれていた私は、
大工の棟梁のところへ遊びに行ったり、
畳屋の仕事場を覗きに行ったりして、
職人たちの手仕事を、飽きもせず眺めていました。
クリスマスが来るたびに思い出すこの話は、
作り話ではなく、綾での日常そのものです。
そして今になって思うのは、
あの何気ない出来事の中に、
私の「ものづくり」の原点があったのだろう、
ということです。
「メリークリスマス!」あたしゃ神道だけどね。一応言っておくね。
あっ、神道だからサンタさんが来なかったのか??? ブツブツブツ
