「感じる」から始まった。”わびさび”へ近づく世界。

私は最近、改めて思う。

人は、“説明”だけで心を動かされるわけではない。

もちろん、情報は大切だ。
意味を伝えることも必要だ。

しかしその一方で、人はもっと深い部分で、

・光
・影
・静けさ
・余白
・時間の痕跡
・自然の形

そんなものたちに、無意識に反応しているのではないだろうか。

最近、私は白い板の上に、海で拾ったシー陶器を並べていた。

ただ置いただけ。
特別な装飾をしたわけでもない。

しかし、不思議なことに、そこには立体感が宿り、どこか生命感のようなものまで感じ始めた。

私はそこで、ふと気づいた。

「ああ…私は“感じる”世界を探しているのかもしれない」と。

最初から“わびさび”を目指していたわけではない。

むしろ逆だった。

どうすれば人が自然に寄り添えるのか。
どうすれば押し付けではなく、自然に心へ届くのか。

それを考え続けていたら、

・静けさ
・不完全さ
・白
・凹凸
・光と影
・自然素材
・時間が刻んだ形

そんな世界へ近づいていた。

そして、気づけば“わびさび”という感覚へつながっていた。

だが私は思う。

“わびさび”とは、和風デザインのことではない。

木を使わなければいけない。
和紙でなければならない。
古風でなければいけない。

そういう「◯◯でなければならない」という固定観念の中には、本当の意味での“わびさび”は存在しない気がしている。

大切なのは、

「自然に感じること」

なのではないだろうか。

海で削られた陶器。
山で見つけた石。
光を受けて表情を変える素材。

そういった自然界の中に存在するものたちは、説明をしなくても、どこか人の心へ静かに入り込んでくる。

私は今、そんな世界に強く惹かれている。

もちろん、私は芸術家でもなければ、わびさびを語れるほどの人間でもない。

しかし、それでも思うのだ。

人はきっと、理屈だけではなく、“感じる何か”によって心を動かされるのではないか、と。

そして願わくば。

そんな静かな感覚が、日本だけではなく、世界中の人々にも自然に伝わってくれたら嬉しい。

説明ではなく。
押し付けでもなく。

ただ、そっと感じてもらえるように。


追記:

最近の私は、
展示会や技術イベントだけではなく、

「海」
「山」

そんな行き先も気になり始めています。

もしかすると今後、私のスケジュール表の行き先に、

“海”
“山”

とだけ書かれている日が増えるかもしれません。

それは単なる散歩ではなく、

“自然の中に存在する灯”を探す時間になるような気がしています。

kimamana-jiyujin-1957

創業50期目、横浜のIT企業ハル・エンジニアリング株式会社、代表取締役会長の平田達彦です。2026年年1月21日付けで、同業IT企業システム二コル株式会社の社外取締役に就任いたしました。ブログにて色々な情報を発信させて頂きます。「自由人として愉しむ」を基本に生きています。多くの人たちと絡んでいきたいと考えていますのでどうぞよろしくお願いいたします。愉しい人と人のネットワークの構築と愉しいものづくりを目指します。

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