「開戦前夜」を観て考えたこと

今日は趣味の映画鑑賞で、『開戦前夜』を観てきました。

私は近代歴史、とりわけ日本が戦争へと向かっていった時代を描いた作品には、ことのほか関心があります。

決して戦争そのものに興味があるわけではありません。

その時代を生きた人たちが何を考え、どのような情報を持ち、何を信じ、そしてどのような決断を下したのか。その背景を知りたいのです。

映画の中では、太平洋戦争へ向かう日本が描かれていました。しかし、その一方で、すでに中国との戦争が続いていることも描かれています。

その場面を見た瞬間、私の気持ちは映画の世界から、わが家の歴史へと引き込まれていきました。

私の祖父はシナ事変で戦死しています。

職業軍人ではありませんでした。

一人の国民として戦地へ赴き、そして帰ることはありませんでした。

私にとって、この時代は教科書の中だけの歴史ではありません。

わが家の歴史でもあるのです。

映画を観ながら、改めて考えました。

なぜ日本は太平洋戦争へと突き進んでいったのか。

私はこの時代について、自分なりに学んできたつもりです。

しかし、真実がどこにあるのかと問われれば、正直なところ分かりません。

なぜなら、この戦争に関わった多くの人たちは、戦争を始めた人でもなければ、戦争を望んだ人でもなかったからです。

兵士として戦地へ向かった人。

家族の帰りを待ち続けた人。

工場で働いた人。

それぞれが、それぞれの立場で時代を生きていました。

そして、この映画を観ていて一つだけ強く感じたことがあります。

本当の悪は姿を現していないのだと思いました。

歴史を振り返ると、「この人が悪かった」「あの国が悪かった」という話を耳にすることがあります。

しかし、本当にそれだけなのでしょうか。

私には、本当の悪とは、一人の人物の顔をしたものではなく、人々を少しずつ大きな流れへと押し流してしまう、目に見えない何かのように思えました。

だからこそ、本当の悪は姿を現さない。

いつの世も。

そして話は変わります。

この映画では、「アメリカと戦争をするべきか」。

当時の日本の英知が集まり、多方面の専門家が、あらゆる情報を持ち寄り、何度も何度も激論を交わします。

それぞれが国の未来を真剣に考え、自分の信じる意見をぶつけ合う。

そして、その結論が自らの立場や命さえ危うくする可能性を知りながらも、それでも自分たちがその時点で最善と信じた道を選んでいく。

私はその場面を見ながら、会社経営者の姿と重ね合わせていました。

もちろん、戦争と会社経営を同列に語るつもりはありません。

しかし、未来が見えない中で、大きな決断を下さなければならないという点では、経営者も同じです。

私は映画を観ながら、自分自身に問い掛けていました。

果たして私は、経営者として大きな決断を下すとき、できる限りの情報を集め、あらゆる可能性を検討し、多くの人の意見に耳を傾けた上で、「これが今、自分たちにとって最善の道だ」と胸を張って決断してきただろうか。

会社にも変革の時があります。

順風満帆な時ばかりではありません。

会社の将来を左右するような危機や、大きな決断を迫られる場面もあります。

もちろん、「開戦前夜」という言葉を会社経営に置き換えることはできません。

しかし、会社が決戦前夜とも言える重大な局面に立ったときこそ、経営者は感情や思い込みだけで判断してはならない。

できる限りの情報を集め、あらゆる可能性を考え、仲間と徹底的に議論を重ねる。

そして最後は、自らの責任において最善と信じる道を選び、その結果に責任を持つ。

映画『開戦前夜』を観ながら、私はそんな経営者であり続けたいと、改めて強く思いました。

kimamana-jiyujin-1957

創業50期目、横浜のIT企業ハル・エンジニアリング株式会社、代表取締役会長の平田達彦です。2026年年1月21日付けで、同業IT企業システム二コル株式会社の社外取締役に就任いたしました。ブログにて色々な情報を発信させて頂きます。「自由人として愉しむ」を基本に生きています。多くの人たちと絡んでいきたいと考えていますのでどうぞよろしくお願いいたします。愉しい人と人のネットワークの構築と愉しいものづくりを目指します。

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