ごうつく爺の宝探し。虹の根元に宝物はあるのか?
今朝もいつものように、愛犬ぽぽまると散歩に出かけました。
すると、空にうっすらと虹が出ているではありませんか。
それも半分だけ。

くっきりとした立派な虹ではありませんが、雲の間に淡く浮かぶ虹も、なかなか風情があるものです。
思わずスマホを取り出してパチリ。
そして、ふと幼い頃のことを思い出しました。
虹の根元には宝物が埋まっている。
子供の頃、そんな話を信じていたんです。
私がまだ宮崎に住んでいた頃のこと。
虹を見つけると、宝物を探しに自転車で追いかけたものです。
虹の根元まで行けば、きっと何か素晴らしい宝物があるに違いない。
そう信じて疑わなかった少年。
今思えば、まるでインディ・ジョーンズです。(笑)
もちろん、いくら自転車を走らせても虹の根元にはたどり着けません。
それでも、あの先には何があるんだろう?
そんな好奇心が、少年を動かしていたのでしょう。
さて、月日は流れました。
あの頃の少年も、今では68歳。
ところが困ったことに、どうやら頭の中身はあまり変わっていないようです。
相変わらず、何か面白いものはないかと探し回っている。
展示会に出かけては、知らない技術や製品に目を輝かせる。
面白い人に出会えば、あれこれ話を聞きたくなる。
新しいアイデアが浮かべば、とりあえずやってみる。
最近では生成AIという相棒まで手に入れて、ああでもない、こうでもないと毎日のように格闘しています。
現在取り組んでいるHOTARU SUPPORTも、その一つ。
まだ誰も見たことのない世界を、何とか形にしてみたい。
思い描いたものがなかなか出来上がらず、時には相棒の生成AIに文句を言いながら、それでも翌朝にはまた挑戦している。
まったく、懲りない爺さんです。
でも、考えてみれば、これは幼い頃に虹を追いかけていたのと同じことなのかもしれません。
あの先には何があるんだろう?
やってみたら、どうなるんだろう?
そんな気持ちが、今も私を動かしているのです。
ところで、私の宝探しはいつから始まったのだろう?
思い返せば、3歳か4歳の頃には、もう始まっていたような気がします。
あれから60年以上。
ずいぶん長いこと宝探しを続けてきたものです。
もちろん、その間にはいろいろな宝物に出会いました。
人との出会い、仕事での経験、家族との時間。
そして、まだ見ぬ未来への好奇心。
ただし、宝探しというものは不思議です。
一つ見つけると、また次の宝物を探したくなる。
どうやら私には、これで十分という言葉がないらしい。
身体は68歳。心はいつも少年。
さてさて、次はどんな宝物が見つかるのでしょうか。
今朝の淡い虹を眺めながら、そんなことを考えていました。
そして、昔話のように締めくくるならば……。
こうして、ごうつく爺の宝探しは、今日も続いておった。
めでたし、めでたし。
いやいや、まだ終わっとらんぞ!
とぅーびーこんちくしょい!続く。(笑)

