昔話は、読み終わってからが面白い。
子どもの頃、誰もが一度は昔話を読んだことがあるでしょう。
桃太郎、浦島太郎、かちかち山、舌切り雀……。
大人になって改めて読み返すと、
「実はこんな意味があったのか。」
「この話って、意外と深いな。」
そんなことに気付かされます。
昔話には、昔の人たちが伝えたかった教えや願いが数多く込められています。
だから私は、こんな本があっても面白いと思うのです。
昔話の最後に『あとがき』が付いている本。
ただし、その「あとがき」は答えを書くためのものではありません。
例えば──
桃太郎
鬼は本当に悪者だったのでしょうか。
鬼ヶ島には鬼の子どもはいなかったのでしょうか。
あなたなら鬼とどんな話をしてみたいですか。
浦島太郎
あなたなら玉手箱を開けますか。
開けなかったとしたら、その後どんな人生になったと思いますか。
舌切り雀
「欲張ってはいけません。」
本当にそれだけが、この物語の教えでしょうか。
おばあさんは、なぜあんなに怒ってしまったのでしょう。
こんな問い掛けがあるだけで、読み終えた子どもたちは、
「私はこう思う。」
「いや、僕は違うな。」
と自然に話し始めるかもしれません。
私が考えているのは、昔話の意味を教える本ではありません。
子どもたちが話し合うきっかけをつくる本です。
本当の狙いは、昔話を読むことではなく、その物語を通して、
「なぜだろう。」
「自分ならどうするだろう。」
「君はどう思う?」
そんな対話が生まれることです。
そうやって自分の考えを話し、友達の考えを聞く時間は、とても貴重だと思います。
そして、これは昔話だけの話ではありません。
映画でも、本でも、歴史でも、ニュースでも同じです。
物語をきっかけに、人と人が話し合う。
その時間の中から、新しい考え方や、新しい気付きが生まれていくのだと思います。
私は、そんな「あとがき」が付いた昔話の本を、一度読んでみたいと思っています。
もしかしたら、本当の物語は、本を閉じたその後から始まるのかもしれません。
昔話は、昔の人から私たちへの贈り物です。
そして、その続きを考えることは、今を生きる私たちから未来の子どもたちへの贈り物なのかもしれません。

