AI脅威論はもうお腹いっぱいでござる

先日、とある同業者の方とお話をする機会があった。

話題は当然のようにAI。

最近どこへ行ってもAI。
展示会へ行ってもAI。
セミナーへ行ってもAI。

そして決まって出てくるのが、

「AIで仕事がなくなる」

という話である。

もちろん、AIが優秀なのは認める。

正直に言おう。

並の人間より遥かに優秀である。

だから?

何?

私はそこで思考が止まってしまう。

AIが優秀なのは分かった。

では、その優秀なAIを使って何をするのか。

そこを聞きたいのである。

例えばソフトウェア開発。

昔は新人が先輩のコードを見て学んだ。

しかし、先輩のコードが必ずしも素晴らしいとは限らない。

中には、

「俺しか理解できない!」

という芸術作品のようなコードを書く人もいる。

本人は満足だろう。

会社は困る。

その人が休んだら誰も触れない。

退職したら誰も分からない。

まるで秘伝のタレである。

ところがAIが現れた。

ここで私は思った。

AIさん。

そのコード、もっと誰でも分かるように書いてくれませんか?

新人でも読めるように。

保守担当が泣かないように。

10年後の技術者が呪いの言葉を吐かないように。

するとAIは素直である。

「承知しました」

と言って書き直してくれる。

文句も言わない。

機嫌も悪くならない。

実に優秀な部下である。

ここで気付いた。

AIは技術者を不要にするのではない。

教育レベルを底上げする可能性がある。

会社として、

・こういうコードを書こう

・こういう設計にしよう

・こういうコメントを残そう

という標準を決める。

そしてAIに守らせる。

すると教育が揃う。

品質が揃う。

保守が楽になる。

属人化が減る。

結果として、

誰もが一定以上のレベルに到達しやすくなる。

私はこれを脅威とは思わない。

むしろ歓迎である。

さらに面白いことを考えた。

AIによって開発速度が圧倒的に向上する。

これは恐らく間違いない。

今まで1か月かかっていた開発が1週間になるかもしれない。

今まで3人必要だった作業が1人で出来るかもしれない。

ここまでは世間のAI論と同じである。

しかし私はその先を考える。

例えば今まで月に1本しかアプリを開発できなかった会社があるとする。

AIの力によって、

月に5本。

いや10本。

開発できるようになるかもしれない。

するとどうなるか。

製品数が増える。

顧客対応が増える。

品質確認が増える。

改善要望が増える。

保守案件が増える。

運用案件が増える。

やることが増える。

ということは、

人間の技術者は不要になるのだろうか?

私は逆だと思う。

むしろ今まで以上に必要になるのではないか。

ただし役割は変わる。

コードだけを書く人ではない。

AIを使いこなし、

製品を考え、

品質を判断し、

顧客と向き合い、

責任を持つ人間が必要になる。

昔、自動車が登場した。

馬車は減った。

しかし物流は爆発的に増えた。

コンピュータが登場した。

紙の帳簿は減った。

しかし仕事量は増えた。

インターネットが登場した。

郵便は減った。

しかし情報量は爆発的に増えた。

私はAIも同じだと思う。

AIによって開発能力が上がる。

すると世の中は、

もっと作ろう。

もっと便利にしよう。

もっと早くしよう。

と言い始める。

結果として、

人間の仕事は無くなるどころか増えるかもしれない。

私は悲観しない。

なぜなら悲観しても何も生まれないからだ。

現実を見る。

考える。

動く。

そしてまた考える。

答えはその途中で見つければいい。

AI時代にどう生きるか?

そんなもの簡単だ。

行動しながら考えればいい。

そして最後は、

なんくるないさー。

AIが来る。

結構じゃないか。

さて、何して遊ぼうか。

kimamana-jiyujin-1957

創業50期目、横浜のIT企業ハル・エンジニアリング株式会社、代表取締役会長の平田達彦です。2026年年1月21日付けで、同業IT企業システム二コル株式会社の社外取締役に就任いたしました。ブログにて色々な情報を発信させて頂きます。「自由人として愉しむ」を基本に生きています。多くの人たちと絡んでいきたいと考えていますのでどうぞよろしくお願いいたします。愉しい人と人のネットワークの構築と愉しいものづくりを目指します。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です